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静岡地方裁判所 昭和63年(ワ)189号 判決

原告

小川由里子

ほか二名

被告

吉田直樹

主文

一  被告は、原告小川由里子に対し金八七四二万八七六八円、原告小川栄、同小川久美子に対し各金二〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五九年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一は被告の、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告小川由里子に対し金一億六五〇三万八二九四円、原告小川栄、同小川久美子に対し各金一〇〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五九年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生及び結果

(一) 日時 昭和五九年一〇月二六日午後九時五〇分頃

(二) 場所 神奈川県藤沢市鵠沼海岸一丁目一一番二五号地先道路(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(相模五七む九四三四)

右運転車 被告

(四) 態様 原告小川由里子(以下「由里子」という。)が訴外側茂樹(以下「訴外側」という。)運転の自動二輪車に同乗して本件道路を西進中、側車両の右後方を同方向に走行中の被告車両が側車両を突然追い越して左折しようとしたことにより両車が衝突し、由里子が側車両から放り出された(以下「本件事故」という。)

(五) 結果 由里子は、本件事故により脊髄損傷を負い、その後遺障害として完全対麻痺、右上腕部神経叢麻痺、直腸膀胱障害を伴う両下肢廢用が存し、常時介護を要する状態であつて自動車損害賠償保障法施行令第二条後遺障害等級表第一級三号と認定された。

2  責任原因

本件事故は、被告が前方及び後方の安全確認を怠つて左折したために惹起されたものであり、被告は、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

3  損害

(一) 逸失利益 金八三二一万〇四九〇円

由里子(昭和三七年四月八日生)は、静岡大学附属小学校、同中学校を経て、昭和五六年三月に静岡城北高等学校を卒業し、本件事故当時は日本女子体育大学に在学し、中学、高校の教職過程を修了した上、翌年(昭和六〇年)三月の卒業後に高等学校の体育教師となるべく勉学に励んでいるところであつた。同五九年度の静岡県高校教員の試験には合格していなかつたが、日本女子体育大学は、由里子を、同大学の設置者である学校法人二階堂学園が設置している私立二階堂高等学校(昭和六三年三月三〇日より同大学の附属高校)の昭和六〇年四月に採用すべき体育教員として推薦することを内定していたのであり、推薦を受ければ採用されるのが慣行であり、推薦されて採用されなかつた例はない。したがつて、由里子は、本件事故当時、二階堂高校の教員として就職が内定していたと同視できる。教師においては男女の賃金格差は存せず、また、高校教師の初任給を基準として積算するならば当然予測される賃金の上昇が全く無視されることになり合理的でないので、男子の全労働者の平均賃金(三六三万円)を基準とし、就労可能年齢六七歳までの逸失利益の現価を新ホフマン係数(二二・九二三)により中間利息を控除して算出すると、次のとおり金八三二一万〇四九〇円となる。

三六三万円×二二・九二三=八三二一万〇四九〇円

(二) 退院後の介護料 金六八六〇万五八三八円

由里子は、本件事故により、胸から下および右手が完全に麻痺して終生常時の介護を要する身となり、食事の準備、後片づけ、入浴、洗濯ばかりではなく、排泄行為とその後の消毒、褥瘡予防のための体位交換など日常生活すべてにわたつて付き添い看護が必要不可欠となつたのであり、右症状からすると、退院後の介護料は一日あたり金七〇〇〇円が相当である。由里子は、昭和六〇年一一月一九日、神奈川県リハビリテーション病院を退院し、同日を症状固定日と診断されたが、同日以降の平均余命年数五八・九七年間における介護料の現価を新ホフマン係数(二六・八五一六)により中間利息を控除して算出すると、次のとおり金六八六〇万五八三八円となる。

七〇〇〇円×三六五×二六・八五一六=六八六〇万五八三八円

(三) 雑費 金一三四二万五八〇〇円

由里子は、健常人のような排泄が不可能であり、失禁に備え常時おむつを使用しなければならず、感染予防のため消毒液などを毎日必要とし、また、歩行困難、起立不能のため身体の移動手段として不可欠な車椅子も数年に一度ずつの割合で購入しなければならないなど、様々な雑費が必要であり、その金額は症状固定日以降年間金五〇万円が相当である。平均余命数五八・九七年間における雑費の現価を新ホフマン係数(二六・八五一六)により中間利息を控除して算出すると、次のとおり金一三四二万五八〇〇円となる。

五〇万円×二六・八五一六=一三四〇万五八〇〇円

(四) 慰謝料

(1) 由里子

〈1〉 入通院慰謝料 金三〇〇万円

由里子は、昭和五九年一〇月二六日から同六〇年一一月一九日に退院するまでの約一三か月入院し、退院後の半年間は二週間に一度、以後は月に一度の割合で神奈川県リハビリテーション病院に通院し、この通院は今後も継続する。したがつて、入通院慰謝料としては金三〇〇万円が相当である。

〈2〉 後遺障害慰謝料 金三〇〇万円

本件事故の態様、後遺症の内容、由里子の年齢その他諸般の事情を考慮すると、由里子の慰謝料としては金三〇〇〇万円が相当である。

(2) 原告小川栄、同小川久美子 金二〇〇〇万円

原告小川栄、同小川久美子(以下「栄」、「久美子」という。)は、由里子の両親であり、由里子が社会人として羽ばたき女性として花開こうとしていた矢先の突然の事態に、我が子の死にも匹敵するような精神的打撃を受けた。栄、久美子の固有の慰謝料として各金一〇〇〇万円が相当である。

(五) 家屋改造費 金一八四五万四六一三円

由里子は、後遺障害により、自己の意思に従って動かすことのできる機能、身体部分は極めて限られているのであり、このような由里子が生きていくためにはその身体条件に適合する住居、内部構造が必要不可欠であるので、原告ら方では家屋を改造せざるをえず、その費用は金一八四五万四六一三円であつた。

(六) 弁護士費用 金一〇〇〇万円

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起を委任したので、その費用として被告が負担すべき金額は金一〇〇〇万円が相当である。

(七) 損害の填補

由里子は、合計金六一六五万八四四七円の損害の填補を受けており、(一)ないし(六)の損害額から右既払金を控除すると、残損害額は金一億八五〇三万八二九四円となる。

よつて、民法七〇九条に基づき、被告に対し、由里子は金一億六五〇三万八二九四円、栄、久美子は各金一〇〇〇万円、及び右各金員に対する昭和五九年一〇月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実中、(四)の事故態様「被告車両が側車両を突然追い越して左折しようとしたことにより車両が衝突」したことは否認し、その余は認める。先行していた被告車両が左折を始めたところへ、側車両が避け切れずに衝突したものである。

2  同3の各事実中、(七)の損害填補の事実は認め、その余はすべて各事実中、(七)の損害槙補の事実は認め、その余はすべて否認ないし争う。

三  抗弁

本件事故は、同一方向に進行する車両同士の割り込み事故であり、過失の基本割合としては被告の割り込みにつき七割、側車両の追突について三割りが相当であるところ、由里子は訴外側の親しい友人であり、同乗の態様、目的、場所及び時間等の諸般の事情を考慮し、訴外側の過失を由里子側の過失ととらえ、あるいは危険の受認ないし公平の見地から、全損害額の二割を減ずるのが相当である。

四  抗弁に対する認否

争う。仮に訴外側に過失があつたとしても、被告と訴外側とは共同不法行為者として原告らに対し全責任を負い、また由里子と訴外側とは単なる友人であり身分上、生活関係上一体をなすものとはいえないから、訴外側の過失を由里子側の過失とみることはできない。さらに由里子が訴外側に対して請求する場合ではないから、危険の受認ないし公平の見地を理由に減額すべきではない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  原告らの請求原因1(事故の発生及び結果)、2(責任)の各事実のうち、1の(四)の事実(事故の態様)以外は当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一号証の一六及び一八、甲第二号証によれば、被告は、左折に際して、左後方から進行してくる車両の有無を確認せず漫然と左折したため、被告車両の左後方から進行してきた側車両と衝突したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はないから、被告は、民法七〇九条により、原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。

二  請求原因3(損害)について

1  逸失利益

いずれも成立に争いのない甲第一号証の一二、甲第三号証の一ないし三、甲第四号証の二の三、原告由里子、同久美子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、由里子は昭和三七年四月八日生まれの健康な女性で、本件事故当時二二歳の日本女子体育大学の学生であつて、教員を志し、同大学の推薦により翌年四月からの私立二階堂高等学校の体育教員として採用が内定する蓋然性が高かつたこと、及び本件事故後の昭和六〇年三月に同大学を卒業したことが認められ、また本件事故により由里子が脊髄損傷を負い、その後遺障害としての完全対麻痺、右上腕部神経叢麻痺、直腸膀胱障害を伴う両下肢廢用より常時介護を要するものとして自動車損害賠償保障法施行令第二条後遺障害等級表第一級三号と認定されたことは前記(事故の結果)のとおり争いがない。

右事実によると、由里子は、本件事故がなければ大学卒業後の二三歳から六七歳までの四四年間稼働可能であり、その間少なくとも昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計女子労働者旧大・新大卒全年齢平均月間給与額金一九万六五〇〇円、年間賞与等金六五万五七〇〇円(年間合計金三〇一万三七〇〇円)の収入を得ることができたものと推認されるところ、由里子の障害、後遺症の内容程度等に鑑みると、由里子は本件事故後稼働能力を全く喪失したものと認めるのが相当であるから、右金額を基礎に新ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を求めると、次のとおり金六九〇八万三〇四五円(円未満切捨)となる。

三〇一万三七〇〇円×二二・九二三=六九〇八万三〇四五円

2  退院後の介護料

成立に争いのない甲第一号証の一一及び弁論の全趣旨によれば、由里子は昭和六〇年一一月一九日に症状固定となり、神奈川県の七沢障害交通リハビリテーション病院を退院していることが認められ、また原告由里子、同久美子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、由里子は本件事故により、胸から下および右手が完全に麻痺して終生にわたり食事の準備、後片づけ、入浴、洗濯、排泄とその後の消毒、褥瘡予防のための体位交換など日常生活全般において付き添い看護を必要とする状況にあることが認められる。

由里子は退院時二三歳であるところ、昭和六〇年の簡易生命表による平均余命は五八・二四年であり、五八年間(新ホフマン係数二六・八五一六)につき、一日に要する費用を金四〇〇〇円として現価を求めると、次のとおり金三九二〇万三三三六円(円未満切捨)となる。

四〇〇〇円×三六五×二六・八五一六=三九二〇万三三三六円

3  雑費

前記認定の由里子の症状に鑑みると、由里子は前記生存期間中、おむつ、感染予防のための消毒剤、カテーテル、排泄のための座薬、車椅子等を必要とする事実を認めることができ、右購入に要する雑費を、五八年間につき一日金一〇〇〇円として現価を求めると、次のとおり金九八〇万〇八三四円となる。

一〇〇〇円×三六五×二六・八五一六=九八〇万〇八三四円

4  慰謝料

(一)  由里子

(1) 入通院慰謝料

事故日から昭和六〇年一一月一九日まで一三か月の入院につき、入院慰謝料としては金二〇〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料

本件事故の態様、受傷の部位・程度、後遺障害の内容、その後遺障害により症状固定日以降も通院しなければならないという事情、由里子の年齢、家庭関係、その他諸般の事情を考慮すると、由里子の後遺障害慰謝料としては金一八〇〇万円が相当である。

(二)  栄、久美子の慰謝料

前記のとおり、由里子は大学卒業を目前にしたこれからという時に本件事故にあい、後遺障害等級第一級の重大な後遺障害が残つたものであり、父である栄、母である久美子にとつては、子である由里子の生命が害された場合にも比肩すべき程度の精神上の苦痛を受けたものということができ、その固有の慰謝料としては各金二〇〇万円が相当である。

5  家屋改造費

原告久美子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第七号証ないし第二六号証と同本人尋問の結果によれば、本件事故により由里子は起立、歩行不能となり、このような由里子の後遺障害に合わせ、原告らは、昭和六一年三月頃から八月頃にかけて、車椅子で容易に移動できるよう段差をなくし、部屋を広くとり、洗面所、浴室、トイレを改め、家具を特別に揃え、床を強いものにし、屋外から玄関にいたる通路をスロープ状にする等原告ら方一階を増築改造し、この費用として金一五六三万円の支払いを了していることが認められるものの、右費用は由里子の日常生活を補うために支出されたものとはいえ、現実には原告ら三名の共益部分があること等諸般の事情を考えると、右費用のうち金六〇〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

6  損害の填補

由里子が、金六一六五万八四四七円の損害の填補を受けていることは当事者間に争いがなく、1ないし5の損害金から右槙補額を控除すると、原告らの損害額の残額は金八六四二万八七六八円となる。

7  弁護士費用

原告らが、前記損害金の任意の支払いを受けられないため本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであり、本件事案の内容、請求認容額、その他諸般の事情を考慮すると、被告に負担させるべき弁護士費用としては、金五〇〇万円が相当である。

三  抗弁について

被告は、過失相殺、危険の受認、公平の見地による賠償額の減額を主張している。そこで判断するに、本件事故における自動二輪の運転者たる訴外側と同乗者たる由里子とは、身分上、生活関係上一体をなすものと認めるに足りる証拠はないので、仮に訴外側に過失があつたとしても、訴外側の過失を由里子側の過失とみて減額するのは妥当でない。また、仮に訴外側に過失があつた場合でも、被告は共同不法行為者として由里子の損害に対して全責任を負い、本件は由里子が訴外側に対して請求する場合ではないから、危険の受認ないし公平の見地を理由に減額することも相当ではない。

四  結論

以上、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告由里子において金八七四二万八七六八円、原告栄、同久美子において各金二〇〇万円、及び右各金員に対する本件事故発生の日である昭和五九年一〇月二六日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱の宣言を付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林登美子)

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